勉強はできない子だった。
私は、全く勉強ができない子だった。
こんな冒頭で入るのは、少し恥ずかしいかもしれないが、小学校時代や中学校時代は大した勉強も運動もできなかった。
ストリートファイターⅡが、同年代よりは強いということくらいで、それ以外はてんで大したことなかったが、あとは上手だったのは、スーパーマリオRPGのスーパージャンプが100回飛べたくらいだろう。
それ以外は、ゲームも勉強もパッとしない人物だったし、特に運動ができるわけでもなく、スクールカーストでは中の下くらいの位置にずっと属していた。
勉強も、悪いといっても殆ど2と3で構成されていて、唯一、理科と技術家庭科が4だった程度で、あとはパッとしないどころか、平均未満といったところだった。
勉強が嫌い。
今では、全く問題なくできるのだが、算数というものが実にできなかったし、国語も大嫌いだったし、社会なんて言うのは元々覚える気なんて小学校のころから無かったので、落第点だった。
小学校のころに100点なんて、理科くらいしかとったことがないくらい、勉強が苦痛ですぐにゲームをしていた子だった。
今でいう、典型的なADHDやアスペルガー症候群だったのかもしれないが、その頃から変わった子と思われていた。
勉強が嫌いな私に対して、両親は勉強しなさいとは言わなかった。
ゲームのやりすぎで怒られたことはあったが、決して勉強の成績の面で怒られたことはなかったし、高校は公立でも私立でも好きなところに行きなさい、と言われたので、帰りにゲームセンタへ通える公立高校を受験したが全部2でも入れるような高校だから、苦労はしなかった。
そんな親には感謝している。
しかし、好きなことに対しての勉強はとても好きだったし、勉強ではないがシリーズ物の本はすごく好きで、特に、学研の"ひみつシリーズ"は本当に大好きで、今でも読みたくなるほどである。
とはいっても、読むものは理科系のものと偏っていたため、国語 数学 社会は苦手で理科だけは他と比べて比較的成績がマシだったのかもしれない。
数学は、何が苦手だったのかな今でもよくわからないけど、よく計算間違いしたからというのと、理不尽な×を付けられたことから、嫌いになったという記憶がある。
よくあるのが、小数点以下が0なら消去しなければ×にするという採点方法であり、私はそれは納得できない減点や採点方法であると考えていて、それこそ幼少期にやる気を削がれて嫌いになった理由でもあるからである。
最低限の数字で構成するor小数点が0である場合は記述をしないこと明確にしていた場合は当然、×でも構わない。
その件について、全国の学校の先生にお願いしたいのだが、明記していなければ、別に最後の0をつけていたって、数学的には同じなのだから〇にしてほしい。せめて注意で一応0は省いてねと書いてくれればよい。
それか、×にするにしても、形式上はXX点と言う風にして、一枚註釈の紙を挟み、生徒のご両親に納得してもらうような形で採点するほうが、角が立たず、余計なトラブルも防げる可能性がぐんと上がると思う上、なにより、その方がスマートだろう。
しかし、学校の先生という頭の良い人がどうしてそんな気遣いができないのか私には理解できないし、今でもそう思っている。
理不尽な×や△は子供のやる気をそぐことになるし、これについては別につけても問題ないのと、減点をすることで子供の意欲が低下することの方が問題だと言われているほどなのだから、是非ともやめていただきたい。
それでも、中学から高校まで赤点を取ったことがないから、全く持って本気で何かがあって勉強ができないわけではないけど、嫌いな教科は多いのである。
社会は論外、覚えられない。というのも全く興味がないのだろう。しかし政治については多少興味があるし、特に竹島問題については竹島は日本の領土と、常に思っている。
また2月22日は確かに世界的に猫の日と定められているのは仕方がないとしても、竹島の日でもあると、是非とも日本国民に知らせてほしいとまでは思っている。
なので、そういう勉強に関しては好きなのかもしれないね。
好きな勉強は何か?
当然、お金儲けの勉強は好きである。
ビジネス書籍などで有名なデールカーネギーなんて、今更流行ってるの?っていうようなレベルで、私から言わせてもらえば、世の中遅れてるな。
あとは、ホリエモンの本も結構好きだった。
というより、ホリエモンのキャラクターが好きで、すこし球団を一つ増やすとニュースになったときの、あの答え方は、もう少し、柔らかい答え方をした方が選手も球団に移籍しやすいだろうに、と思ったけど、言っていることに関しては、その通りだとおもっている。
日本人は現状維持にこだわりすぎているとかもの、すごく共感していた。
「球団が一つ増えたら何か問題なわけ?」という高圧的な言い方を除いてはね(笑)
絶対に読んだ方が良いという本は、小さいお子様には学研のひみつシリーズは読ませてあげてほしい。
高校生になったら、ホリエモンの本を読ませてほしい。
高校を卒業したあたりから読んでほしいのは、デールカーネギーの”人を動かす2” ”道は開ける” ”話し方入門” ロバート・B・チャルディーニの”影響力の武器” アン・ハンドリーの”Everybody Writes コンテンツマーケティング64の法則” これらの本は16歳以上から読んでほしい本である。
特にデールカーネギー”人を動かす2”のどうして2を私がおすすめしているのか?というと、CD版が7000円程度で買うことができるのと、通常版の緑色した”人を動かす”の本を、現代のインターネット社会に対応させた物であるからだ。
それと、最近は英語が流行っているが、それに関しては文法が分からないなら、ケンブリッジなんちゃらってやつを買えば、TOEIC400点は取れるようになるし、もともと私はリスニングに関してはある程度できるため、600点はいかないくらいの点数である。
リスニングに関しては完全になれるしかない、リスニングガールのCDをはじめとして、ネイティブを謳っている、いろいろなCDを聞きまくればバカな自分ですら、会社でイヤイヤ受けさせられて、勉強をほとんどしてないのにも関わらず、600点近くの点数を叩き出せるのだから、他の私よりも出来が良い人が、もっと真剣に取り組めば800点近くは取れるはずだ。
そういえば、英語に対して抵抗はない理由は多分小学校低学年ごろに親父が買ってきたマジックザギャザリングのカードが全部英語だったから、というゲームが絡んだ理由だとおもう。
ゲームが好きな子供がいる方がこのブログを読んだら、遊戯王の英語版なら現在公式が日本語と混在して使ってはダメだというので、たたき売りされているので英語の勉強で買ってあげてみたらどうだろうか。
意外とカードも勉強になる。
興味を持つのは難しいが好きな物の環境を変えてみると良い。
勉強は嫌いでも、好きなアイテムの環境を変えて勉強すると意外とすんなり受け入れることができて応用ができるのである。
たとえば、自分の場合はマジックザギャザリングではなくてもカードゲームという存在そのものが面白くて好きだった。
遊戯王も、デッキは持ってないがカードはたくさん持っていたというようなタイプだった。(かといってコレクションはしていない)
たぶん、中学校でいきなり英語に触れましたという人生だったら英語アレルギーだったかもしれない。
何故なら、冒頭から書いている通り勉強が嫌いだからである。
当然自分みたいな子供も多いはずだから勉強をしないお子様で困っているのならば好きなものを勉強に変えてやればいい。
しかし、親側も遊ぶというのを許容することが必要であるから、それなりにストレスがたまるかもしれないね。